『古代ローマの饗宴』は、まだ終わりではありません。
著者のニーナは、日本では馴染みのうすい2人の詩人を登場させ、ペトロニウス亡き後、
紀元1世紀から2世紀をまたいで生きた彼らに、混乱した首都ローマの状況を語らせます。
マルティアリスとユヴェナリス。スペインとイタリア中部アクィーノの家を出て、2人が期待と夢をふくらませて目ざしたローマは、憧れの地とはすでに大きく様変わりしていました。
由緒ある貴族の家系に属する者たちと、奴隷の境遇から身をおこし、後に「解放奴隷」となって莫大な富を築いた者たちの間で、階級の逆転が生じていたのです。
詩人たちは朝ごとに金持ちのパトロンの屋敷に挨拶にゆき、夕食の招待か、食料または「お手当」の支給をあてにした、ご機嫌取りの生活を強いられます。
運よくありついた招待の席でも、屈辱的な扱いに耐えるのが日常茶飯事でした。
2人の詩人は書いています。
なぜあんたと同じご馳走を出してはもらえないのだろう?
あんたはルクリヌス湖で育った大きな牡蠣を食い、
こっちはムール貝を歯で割って吸っている。
あんたのお皿にはヒラメ、こっちには溝魚が一尾。
こんがり焼けた雉鳩の腿の肉で、あんたは
腹いっぱいになるだろうが、こっちには、
鳥籠の中で死んだカササギが出てくる始末だ。(マルティアリス『警句集:エピグラム』3、60)
今や金持ち連中は、象牙の豹が脚に彫ってある丸い大きなテーブルが目の前にないと、ヒラメも鹿もどんなご馳走も賞味せず、バラの香りを愛でようともしない。アジアやアフリカでは、そんな金持ちの欲望を満足させるために、象牙が採取されている。(ユヴェナリス『諷刺詩集』11、56~)
ユェナリスはこうも書いています。
ローマでは大勢の人間が、不眠のために
健康をむしばまれて死んでゆく。実際、どこの賃貸住宅に行けば、安眠が保証されるのだろう?
ローマで眠るにはどっさりと金がかかる。
そうだ、俺たちのすべての病気の原因はここにある。(ユヴェナリス『諷刺詩集』3、232)
詩人たちは権力者の怒りや恨みをかわないように、細心の注意をはらって諷いました。
マルティアリスの書巻(ほん)は、フォロ・ロマーノで解放奴隷がいとなむ小さな店で売られていたそうです。
ユヴェナリスは、ハドリアヌス皇帝がいかに才人であったとはいえ、けっしてその名を文中に記すことはありませんでした。