その後も『古代ローマの饗宴』は、静かな反響を呼びました。雑誌『文学界』の「1991年わたしのベスト3」とみすず書房の「1991年読書アンケート」の両方でこの本を取り上げ、「どのページを読んでも愉しい」と評されたのは、同じ年にエッセイストとしてデビューしたイタリア文学者の須賀敦子さん。
「これは正に、豪華きわまる書物である」と書評の冒頭いい放ち、その根拠に、同書を支える3つの柱(建築考古学、ラテン文学、料理)を挙げられたのは、文壇の大御所・中村真一郎さんでした(『読書の快楽』新潮社、1994年)。
さらに翌年、東京のイタリア文化会館からサプライズがもたらされます。1991年度の「第5回ピーコ・デッラ・ミランドラ賞」に、『古代ローマの饗宴』が選ばれたというのです。
ルネサンス期の有名な人文学者の名を冠したこの賞は、前年度にイタリア語の原書から日本語に翻訳された本のうち、最優秀作品に贈られます。選考委員会が日本を代表する評論家の加藤周一、作家の辻邦生、経済学者の都留重人、建築家の芦原義信の4氏で構成されているのは、先輩諸氏から伝え聞いておりました。
喜ぶというより、あわてふためいた私は、さっそくローマのニーナに電話しました。「授賞式は6月よ。イタリア大使隣席のもとに、プレートと賞金が授与されて、そのあと祝賀会が開かれるの。なんといっても原著者のおかげ。いっしょに出席してくれるでしょう?」
「ばんざ~い!」と歓声をあげたものの、ニーナは「式には出ない」と即答しました。「他に予定が?」といぶかる私に、彼女は言いました。「翻訳賞の授賞式には、あなただけが行きなさい。主役はひとりでじゅうぶんよ」
授賞式では、日本放送出版協会刊行の『NHKフィレンツェ・ルネサンス 全6巻』が「第15回マルコ・ポーロ賞」に輝き、光栄にも同時受賞となりました。「マルコ・ポーロ賞」は、前年度に日本で発表されたイタリア文化に関する著作物のうちの、最優秀作品に与えられます。
謝辞を述べ、一連の儀式が終わったとき、イタリア大使を先頭に、選考委員の先生方がシャンパングラスを片手に近づいてこられました。真っ白な背広姿の小説家の辻邦生さんが、「いい日本語でしたよ」と声をかけてくださり、私は夢心地になりました。
授賞式(イタリア文化会館)
( 大使よりプレート授与 )
( 謝辞 )
当時の心境を語った新聞記事をお目にかけます。
(「朝日新聞」1992年6月19日 )