実験考古学と人は呼ぶ 『古代ローマの饗宴』の著者ニーナ 3

1980年代後半の日本はまさにバブル全盛期。「イタめし」という言葉がはやり、イタリア観光旅行が盛んになり、NHKイタリア語講座のテキストの購読数が一時期、フランス語をぬいて2位に躍り出たほどでした。そんなある日、『古代ローマの饗宴』の日本語版が夢でなく、平凡社から出版されることになったのです。
翻訳に費やした3年半は、イタリアに行くたびニーナのローマの家に泊まり込みで、疑問点をチェックしました。夏も冬も、明けても暮れても書斎をノックすると、遺跡の見取り図を製図台にのせ、3次元の立体に立ち上げようとパソコンに向かう彼女の姿がありました。イタリアでもまだ、PCを自在に操る学者が少なかった時代です。

仕事中のニーナ撮影画像

(仕事中のニーナ 武谷撮影)

 

古代ローマの偉人たちを、ニーナが発音するイタリア式のラテン語でカタカナ名に統一し、世界各地の博物館の彫像と照らし合わすのは、根気のいる作業でした。ニーナは彼らの顔をひと目で見抜き、友人を紹介するかのように得意げに、写真を指さし逸話を語ります。

「英雄カエサル(シーザー)の副官は、ひと儲けしようと投資目的で、ヤツメウナギを養殖するための養魚池の設営に大枚をはたいていた」

ユリウス・カエサル

(ユリウス・カエサルの像、コンセルヴァトーリ博物館)

「哲学者のキケロは肝臓病みで、実のところ食卓には無関心だった」

キケロの像

(キケロの像、カピトリーノ博物館)

「アントニウスとクレオパトラの贅を尽くした饗宴では、わずか12人の参加者のために8頭の猪を用意して、気まぐれな主人がいつ宴会の開始を告げても食べごろな肉が出せるよう、時間をずらして焼く8台のオーブンが調理場に備えてあった」

マルクス・アントニウスの像

(マルクス・アントニウスの像 ミティレーネ博物館)

クレオパトラの像

(クレオパトラの像 大英博物館)

 

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