「朝日21関西スクエア」の企画運営委員をつとめました

2008年~2009年
朝日21関西スクエア」の企画運営委員をつとめました。
専門が異なる5人の委員が関西の将来や新聞のあり方について意見交換を行い、専門の立場からそれを紙面で発表しました。

  • 2008年5月「スローライフの元祖? イタリアのシチリア島で見聞きしたこと」(朝日21関西スクエア誌 5)
  • 2008年12月11日(木)「〈たっぷり考える〉がイタリア流」」(朝日新聞)
  • 2009年4月「グローバル? でも、新旧が共存するイタリア」(朝日21関西スクエア誌 4)

神戸の〈てつがくカフェ〉「おとなの寺子屋」で話をしました

2009年2月28日(土)
神戸の〈てつがくカフェ〉「おとなの寺子屋」で話をしました。
演題:「たくましく、陽気に、イタリアはしたたかだ」
場所:JR元町駅(西)の高架通商店街「モトコータウン」。「プラネットEartH」というユニークなカフェの2階です。

ミニ・シンポジウムに講師として参加しました

2008年11月14日(金)
ミニ・シンポジウム「『山猫』出版から50年:日本からの展望 ― ジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーザの小説をめぐって」に、講師として参加しました。

文芸評論家ロマーノ・ルペリーニ教授(シエナ大学)の来日を記念して、イタリア文化会館・京都の主催で開かれました。ルペリーニ教授と
京都大学外国人講師ダニエラ・シャロム・ヴァガータさんが『山猫』の読みと解釈をめぐって自説を述べ、武谷は日伊両国で『山猫』の出版
が「事件」と呼ばれた経緯や、わが国における翻訳事情に言及しました。

「追悼―小川国夫」特集に「南河内の小川国夫、そして地中海」を捧げました

2008年8月
大阪芸術大学発行の『河南文学』 第5巻「追悼―小川国夫」特集に「南河内の小川国夫、そして地中海」を捧げました。

小川先生はたびたび登場人物の「声」や「言葉」について語られました。文芸学科で16年間おなじ時を共有できた幸せに感謝し、心からご冥福をお祈りいたします。

「サンクト・ペテルブルクのヴォルテール文庫」を翻訳しました

2007年3月、4月
イタリアの日刊紙「コリエーレ・デッラ・セーラ」の記者アルマンド・トルノが発表した「サンクト・ペテルブルクのヴォルテール文庫」を翻訳しました。

1778年5月30日、思想家ヴォルテールが83歳の生涯を閉じたとき、6000冊を超える彼の蔵書を是が非でも欲しがったのはロシアの女帝エカテリーナ2世である。フランスからロシアへ。冒険物語のように刺激的な本の輸送がヨーロッパ史の一角を照らし出す。

– 地中海学会「月報」298号と299号に訳文を掲載する許可を与えてくださったトルノ氏に深謝。

『カルメンの白いスカーフ』について

出版社: 白水社
武谷 なおみ (著)

(内容)
20世紀オペラ界で、メゾソプラノという地味な声域でありながら長くスカラ座の女王として君臨したのが、本書の主人公ジュリエッタ・シミオナートである。
イタリア歌劇団のプリマドンナとして初来日した1956年、彼女を聴いた文豪谷崎潤一郎は「あれが人間の声か!」と感嘆したという。著者がテレビを通じてそのシミオナートの声に初めて接したのはそれから3年後、まだ小学生のとき。
歌声に魅せられファンレターを出した著者と歌姫との間に長い文通が続き、著者がローマに留学したときから、シミオナートは著者の「イタリアのマンマ」となり生活の細部にいたるまで面倒を見るに至る。それから30年、90を越えて今も矍鑠たるシミオナートは、歌の指導やオペラ界の行事に活躍する。また強い意志と鋭い知性を兼ね備えた彼女は20世紀イタリア文化の生き証人でもある。

この「生きた文化財」を「保存」しようと彼女からさまざまな証言を引き出した、ノンフィクション作品。


『カルメンの白いスカーフ』へのリンク

『イタリア覗きめがね』について

出版社: 日本放送出版協会
武谷 なおみ (著)

(内容)
イタリア・オペラのプリマドンナ、ジュリエッタ・シミオナートの【声】に惹かれ、イタリア文学を志した著者は、その歴史の深みと人々の生命力あふれる生活へと誘われた。古代ギリシア・ローマの壮麗な文明と、第二次大戦下の過酷な痕跡を刻むイタリアという国。
シチリアの戦後文学の空間は、地中海に浮かぶ島の風土と濃密な家族の絆を歴史の襞に忍ばせている。
壊滅的な被害を受けた阪神大震災後の神戸とイタリアを往還しながら、日本から見たイタリアと、イタリアから見た日本を描き出した作品。


『イタリア覗きめがね』へのリンク